雑記
日頃の想いとひそかな考察
Editer:snow Date:2026-01-15 19:03

左義長(どんど焼き)
今日は、小正月です。
1月1日の「大正月(おおしょうがつ)」に対して、1月15日を「小正月(こしょうがつ)」といいます。また、14日から16日までの3日間を「小正月」とする場合などがあります。
1月1日から1月7日までを「大正月」と呼ぶ場合もあり、この「小正月」までが門松を飾る期間として「松の内」ともいう。「松の内」に忙しく働いた主婦をねぎらう意味で、「小正月」を「女正月」という地方もあります。その他、「小年(こどし)」「二番正月」「若年」「花正月」「返り正月」「戻り正月」と呼ぶ地方もあります。
この日の朝には米と小豆を炊き込んだ「小豆粥(あずきがゆ)」を食べる習慣があり、早朝に食べることから「あかつき粥」などとも呼ばれます。また、地方によっては餅花(もちばな)や繭玉(まゆだま)を飾ります。
「小正月」の伝統行事として、左義長(さぎちょう:日本各地)、なまはげ(秋田県)、あまめはぎ(石川県・新潟県)、かまくら(秋田県や新潟県など降雪地域)などがあり、行事を通して病気や厄災を払ったりします。
かつて「元服の儀」を「小正月」に行っていたことから、1月15日は「成人の日」という国民の祝日となりました。「成人の日」は2000年(平成12年)から1月の第2月曜日に変更されています。
どんど焼きは、私の住む地域でも行われています。
竹を組んで藁を敷いたりするようです。
そして点火して、どんど焼きを行います。
今年は参加できなかったけれど、来年は、せめて見に行ってみたいものです。
皆さんの地域では、「どんど焼き」を行っていますか?
それでは。
今日のひとこと:2026-01-15 -小正月-

今日は、小正月です。
1月1日の「大正月(おおしょうがつ)」に対して、1月15日を「小正月(こしょうがつ)」といいます。また、14日から16日までの3日間を「小正月」とする場合などがあります。
1月1日から1月7日までを「大正月」と呼ぶ場合もあり、この「小正月」までが門松を飾る期間として「松の内」ともいう。「松の内」に忙しく働いた主婦をねぎらう意味で、「小正月」を「女正月」という地方もあります。その他、「小年(こどし)」「二番正月」「若年」「花正月」「返り正月」「戻り正月」と呼ぶ地方もあります。
この日の朝には米と小豆を炊き込んだ「小豆粥(あずきがゆ)」を食べる習慣があり、早朝に食べることから「あかつき粥」などとも呼ばれます。また、地方によっては餅花(もちばな)や繭玉(まゆだま)を飾ります。
「小正月」の伝統行事として、左義長(さぎちょう:日本各地)、なまはげ(秋田県)、あまめはぎ(石川県・新潟県)、かまくら(秋田県や新潟県など降雪地域)などがあり、行事を通して病気や厄災を払ったりします。
かつて「元服の儀」を「小正月」に行っていたことから、1月15日は「成人の日」という国民の祝日となりました。「成人の日」は2000年(平成12年)から1月の第2月曜日に変更されています。
どんど焼きは、私の住む地域でも行われています。
竹を組んで藁を敷いたりするようです。
そして点火して、どんど焼きを行います。
今年は参加できなかったけれど、来年は、せめて見に行ってみたいものです。
皆さんの地域では、「どんど焼き」を行っていますか?
それでは。
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Editer:snow Date:2026-01-15 18:36

南極観測船ふじとタロジロの像
今日は、タロとジロの日(愛と希望と勇気の日)です。
タロとジロの生存が確認された日です。
1959年(昭和34年)のこの日、南極観測船「宗谷」から飛び立ったヘリコプターが南極の昭和基地に着いた時、南極観測隊に同行し、前年に置き去りにされた15頭のカラフト犬のうちタロとジロの2頭が生きているのが発見されました。
この出来事は映画『南極物語』にもなり、後世に残そうと記念日が制定されました。
この日は「タロとジロの日」または「愛と希望と勇気の日」と呼ばれます。
生きることへの希望と愛することを忘れないための日とされます。
ジロは1960年(昭和35年)7月9日、昭和基地にて5歳で病死しました。
ジロの剥製は東京・上野の国立科学博物館に置かれています。
タロは1961年(昭和36年)5月4日に4年半振りに日本に帰国します。
その後、札幌市の北海道大学植物園で飼育され、1970年(昭和45年)8月11日に老衰のため14歳7ヵ月で没しました。
1983年(昭和58年)、タロとジロの生存劇を描いた映画『南極物語』が制作され、翌年公開されました。
この映画の影響もあり、タロとジロの剥製を一緒にさせてあげようという運動が起き、国立科学博物館の特別展などでタロとジロの剥製が共に展示されました。

タロとジロの像
愛知県名古屋市港区のガーデンふ頭には、上の画像のようにタロとジロの銅像が建立されました。このふ頭には南極観測船「ふじ」のプロペラや実際に活躍した雪上車なども展示されています。

タロとジロをデザインした硬貨
また、1957年(昭和32年)に昭和基地を開設してから2007年(平成19年)で50周年を迎えるにあたり、造幣局より南極地域観測50周年を記念した500円硬貨が発行されました。その硬貨の表面にはタロとジロ、南極観測船「宗谷」が、裏面には南極大陸の地図が描かれています。
タロ&ジロの物語は映画で子供の頃観ました。
子供の頃は感動した覚えがありますが、もう何十年も前の話なので詳しくは覚えていません。
置き去りにされたタロ&ジロは、どんな気分だったのでしょうか?
大人になった今の私は、タロ&ジロの感情を知りたいような知りたくないようなウラハラな気分ですね。
皆さんは、タロ&ジロはどんな気分だったと思いますか?
それでは。
今日のひとこと:2026-01-14 -タロとジロの日(愛と希望と勇気の日)-

今日は、タロとジロの日(愛と希望と勇気の日)です。
タロとジロの生存が確認された日です。
1959年(昭和34年)のこの日、南極観測船「宗谷」から飛び立ったヘリコプターが南極の昭和基地に着いた時、南極観測隊に同行し、前年に置き去りにされた15頭のカラフト犬のうちタロとジロの2頭が生きているのが発見されました。
この出来事は映画『南極物語』にもなり、後世に残そうと記念日が制定されました。
この日は「タロとジロの日」または「愛と希望と勇気の日」と呼ばれます。
生きることへの希望と愛することを忘れないための日とされます。
ジロは1960年(昭和35年)7月9日、昭和基地にて5歳で病死しました。
ジロの剥製は東京・上野の国立科学博物館に置かれています。
タロは1961年(昭和36年)5月4日に4年半振りに日本に帰国します。
その後、札幌市の北海道大学植物園で飼育され、1970年(昭和45年)8月11日に老衰のため14歳7ヵ月で没しました。
1983年(昭和58年)、タロとジロの生存劇を描いた映画『南極物語』が制作され、翌年公開されました。
この映画の影響もあり、タロとジロの剥製を一緒にさせてあげようという運動が起き、国立科学博物館の特別展などでタロとジロの剥製が共に展示されました。

愛知県名古屋市港区のガーデンふ頭には、上の画像のようにタロとジロの銅像が建立されました。このふ頭には南極観測船「ふじ」のプロペラや実際に活躍した雪上車なども展示されています。

また、1957年(昭和32年)に昭和基地を開設してから2007年(平成19年)で50周年を迎えるにあたり、造幣局より南極地域観測50周年を記念した500円硬貨が発行されました。その硬貨の表面にはタロとジロ、南極観測船「宗谷」が、裏面には南極大陸の地図が描かれています。
タロ&ジロの物語は映画で子供の頃観ました。
子供の頃は感動した覚えがありますが、もう何十年も前の話なので詳しくは覚えていません。
置き去りにされたタロ&ジロは、どんな気分だったのでしょうか?
大人になった今の私は、タロ&ジロの感情を知りたいような知りたくないようなウラハラな気分ですね。
皆さんは、タロ&ジロはどんな気分だったと思いますか?
それでは。
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