雑記
日頃の想いとひそかな考察
Date:2026-08-15 10:16 Editer:snow

今日は、終戦記念日です。
1945年(昭和20年)8月14日、日本政府はポツダム宣言を受諾し、翌15日の正午に昭和天皇による玉音放送によって日本が無条件降伏したことが国民に伝えられ、第二次世界大戦が終結しました。
昭和天皇がラジオで国民に向けて話すのは初めてのことで、玉音放送(ぎょくおんほうそう)は国民が初めて聞く昭和天皇の肉声でした。
内務省の発表によれば、戦死者は約212万人、空襲による死者は約24万人でした。
1963年(昭和38年)から毎年、政府主催による「全国戦没者追悼式」が行われ、正午から1分間、黙祷が捧げられます。
この追悼式は第二次世界大戦の日本人戦没者に対して宗教的に中立な形で行われます。
1982年(昭和57年)4月の閣議決定により「戦没者を追悼し平和を祈念する日」となりました。
この日は一般的に「終戦の日」と呼ばれることも多いです。
小学校・中学校の社会科教科書の多くは、8月15日を「終戦の日」と記しています。
「終戦記念日」や「終戦の日」を9月2日とする場合もあります。
これは1945年(昭和20年)9月2日、日本政府がポツダム宣言の履行などを定めた降伏文書(休戦協定)に調印した日に由来するからです。
「全国戦没者追悼式」(Memorial Ceremony for the War Dead)が最初に実施されたのは1952年(昭和27年)5月2日のことで、新宿御苑で実施されました。
第2回は1959年(昭和34年)3月28日にやや変則的に千鳥ヶ淵戦没者墓苑で実施され、その後1963年(昭和38年)に日比谷公会堂で8月15日に、1964年(昭和39年)には靖国神社で8月15日に開催しています。
翌1965年(昭和40年)から東京都千代田区の日本武道館にて8月15日に行われるようになり、現在に至っています。
私も、戦時中などの話を聞こうと思った時、家族や親せきはすでに亡くなっている方が多く、直接聞くことはできませんでした。
でも、昔に勤めていた会社の上司が、戦時中の話をLINEで話していて、凄く苦労されているんだなと聴いています。
私の生まれた県でも、かつて爆撃機が爆弾を投下して大変な目に遭っております。
そこから復興したけれどそれを忘れない為に、毎年花火大会を催します。
それができるのは、平和な証拠だと目を細めて見つめています。
他の国では、日本を武装させないとも言っておりましたが、でも日本の軍隊が「自衛隊」と言われることが分かってないんじゃないかなぁと思います。
守る為であって侵略したりとかの為じゃない。
海外派遣されても自衛隊は、その国の地元民の為に、飲み水などの水を引いたりとか役に立っていることをしております。
それはともかく、終戦で得た平和を噛みしめて、平和を長続きさせるためにどうしたらいいかを、皆さんで考えませんか?
それでは。
今日のひとこと:2026-08-15 -終戦記念日-

今日は、終戦記念日です。
1945年(昭和20年)8月14日、日本政府はポツダム宣言を受諾し、翌15日の正午に昭和天皇による玉音放送によって日本が無条件降伏したことが国民に伝えられ、第二次世界大戦が終結しました。
昭和天皇がラジオで国民に向けて話すのは初めてのことで、玉音放送(ぎょくおんほうそう)は国民が初めて聞く昭和天皇の肉声でした。
内務省の発表によれば、戦死者は約212万人、空襲による死者は約24万人でした。
1963年(昭和38年)から毎年、政府主催による「全国戦没者追悼式」が行われ、正午から1分間、黙祷が捧げられます。
この追悼式は第二次世界大戦の日本人戦没者に対して宗教的に中立な形で行われます。
1982年(昭和57年)4月の閣議決定により「戦没者を追悼し平和を祈念する日」となりました。
この日は一般的に「終戦の日」と呼ばれることも多いです。
小学校・中学校の社会科教科書の多くは、8月15日を「終戦の日」と記しています。
「終戦記念日」や「終戦の日」を9月2日とする場合もあります。
これは1945年(昭和20年)9月2日、日本政府がポツダム宣言の履行などを定めた降伏文書(休戦協定)に調印した日に由来するからです。
全国戦没者追悼式について
「全国戦没者追悼式」(Memorial Ceremony for the War Dead)が最初に実施されたのは1952年(昭和27年)5月2日のことで、新宿御苑で実施されました。
第2回は1959年(昭和34年)3月28日にやや変則的に千鳥ヶ淵戦没者墓苑で実施され、その後1963年(昭和38年)に日比谷公会堂で8月15日に、1964年(昭和39年)には靖国神社で8月15日に開催しています。
翌1965年(昭和40年)から東京都千代田区の日本武道館にて8月15日に行われるようになり、現在に至っています。
私も、戦時中などの話を聞こうと思った時、家族や親せきはすでに亡くなっている方が多く、直接聞くことはできませんでした。
でも、昔に勤めていた会社の上司が、戦時中の話をLINEで話していて、凄く苦労されているんだなと聴いています。
私の生まれた県でも、かつて爆撃機が爆弾を投下して大変な目に遭っております。
そこから復興したけれどそれを忘れない為に、毎年花火大会を催します。
それができるのは、平和な証拠だと目を細めて見つめています。
他の国では、日本を武装させないとも言っておりましたが、でも日本の軍隊が「自衛隊」と言われることが分かってないんじゃないかなぁと思います。
守る為であって侵略したりとかの為じゃない。
海外派遣されても自衛隊は、その国の地元民の為に、飲み水などの水を引いたりとか役に立っていることをしております。
それはともかく、終戦で得た平和を噛みしめて、平和を長続きさせるためにどうしたらいいかを、皆さんで考えませんか?
それでは。
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