Loading...

snow web site logo

お問合わせ
About us
Blog

詩、小説
オリジナルな詩と小説達

先月 last month  2025 年 10 月  来月 next month
日 sun月 mon火 tue 水 wed木 thu金 fri土 sat



1 2 3 4
5 6 7 8 9 1011
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
Editer:snow Date:2025-10-10 13:35

受け継いだ靴と気持ち



作 林柚希

お姉ちゃん、私、がんばるよ。
「綾、がんば!」
どこかでお姉ちゃんが応援してくれている気がする。
仏壇の前で手を合わせると、私は支度をしてでかけた。

お姉ちゃんも私も陸上選手だ。
お姉ちゃんは、だった、という方が正解だろうか。
それも、オリンピックの代表選手手前までいったくらい。
貴重な選手だったのだ。
交通事故にさえ、あわなければ。

私にとって、お姉ちゃんは自慢のお姉ちゃんだった。
だから、すごく悔しかった。
もうちょっとだったのに。
お姉ちゃんだってものすごく悔しかったに違いない。
だから、お姉ちゃんの遺志を継ぐべく、私も陸上の選手になった。
それも、100m走の選手だ。

私の100m走のタイムは、約12秒台。
もう少しで11秒台といったところだ。

お姉ちゃん、見ていてね。
今日も、入念にストレッチを終えると、お姉ちゃんの靴を履いて、
100m走の位置につき、ピストルの音ともに走る。
音と共にスイッチが入って、誰よりも前に、前に走り続ける。

やった!
今日も1位で終える事が出来た。
それも11秒98だった。
お姉ちゃんに報告しなくちゃ。
私頑張ったよ、お姉ちゃん。
お姉ちゃんの靴を使うことは、周囲には反対されるけど、
私には絶対条件なのだ。
お姉ちゃんと頑張っている証のような気がしているし、
何よりゲンかつぎでもある。
だから、誰にも文句は言わせない。

今日の陸上競技大会で、ほぼオリンピック選手の選抜は終わった。
たぶん、選手に選ばれると思う。
この靴と共に、オリンピックで活躍するんだ!


実際に、オリンピック選手に選ばれたと連絡が入ったのは数日後だった。
選手団の応援会やいろんな場面に引っ張りだこになり、
TVに出るようになるとは、思いもしなかった。

そしてオリンピック。
選手入場では皆でスーツを着て歩く。
それだけで誇らしい気持ちになる。
お姉ちゃん、どこかで見ててくれるかな。
お母さんもお父さんも、家で見ててくれてるはずだ。
皆、見ていてね!

選手村と競技トラックを往復して、入念に練習する。
いよいよ100m走は明日だ。

選手村の自分の部屋で、お姉ちゃんの写真の前で、
一呼吸する。
「お姉ちゃん、私はやるよ!絶対に」
正直世界標準のタイムには及ばないことは重々承知している。
でも、ここまで来れたのだ。
やれることをやるのみだ。

そして、当日。
ストレッチをして、入念に体のチェックをする。
大丈夫。
とはいえ、日本ではないのとたくさんの群集の中で少し緊張している。
もう少し、リラックスしなくちゃ。
音楽プレイヤーを取り出して、聴きはじめる。
そして、お姉ちゃんの靴を履く。
お姉ちゃん、一緒に頑張ろうね。
深く深呼吸して、頬をパンッ!とたたく。
よし、気合十分。
いつもの自分だ。
不思議と落ち着いている。

自分の番が来たので、準備をして位置につく。
パンッ!
という音と共に、走り始める。
体が軽く、どんどんスピードが出る。
走っている先にあれ?
お姉ちゃん?

「綾!もう少し」
待ってお姉ちゃん!
いつものよりスピードが出る。

お姉ちゃんの背中を追っかけてみると、
いつの間にか100m走は終わっていた。
タイムは?
11秒12!?
日本新記録が出た。

だが、予選落ちしてしまった。
でも、私としては十分だったし、
何よりお姉ちゃんが応援してくれてたような気がして
すごく嬉しかった。

マスコミから色々訊かれたが、頭にあまり入っていない。
チーム仲間からは、よくやったねと褒められてまんざらでもなかった。

その夜―。
きれいな対岸の川のほとりで、お姉ちゃんに出会った。
「お姉ちゃん!」
「綾!」
お姉ちゃんはにこにこしている。

「綾、頑張ったね。見ていたよ100m走。」
「私、お姉ちゃんの靴穿いて頑張ったんだよ。」
「そうだね、とても嬉しかったよ。
でも、もう靴は新しいのを買いなさいね。ボロボロなんだから。」
「やだよ、お姉ちゃんと頑張りたいもん。」
「もう靴も限界でしょ。足を痛めてしまう。
勿体ないでしょ。」
「うん、そうだね。」
「お姉ちゃん、走っている時、一緒に走ってなかった?」
「どうだろうね。」
「お姉ちゃん、遠いよ、私もそっちに行くね。」
「それは駄目。渡っては駄目よ。そこにいなさい。
それから、いつまでも私にこだわりすぎてないで、好きなことしていいのよ。
私は誇らしい気分なの。こんなに頑張った妹を持って言う事ないわ。」
「お姉ちゃん、本当にそう思う?」
「思うわよ。良く頑張ったね。日本新記録だなんて、すごいわよ。」
「うん、そうだね、お姉ちゃん。ありがとう」
いつの間にか、涙が出ていた。
「また、そのうちに会おうね。」
「また会ってくれる?お姉ちゃん。」
「そうね、またね。」

ぱちっと目が覚めると、そこは選手村の自分の部屋だった。
いつの間にか、私泣いていた。
でも、心はとても静かに感動して嬉しい気持ちでいっぱいだった。
テーブルのお姉ちゃんの写真立てを見て
「お姉ちゃん、見ていてくれたんだね」
物凄く嬉しかった。
私は目標をひとつ、やっとクリアできた気がした。

Twitter short URL いいね:4

月間アーカイブ
 ▼2025 年

↓
PR このサイトには広告が掲載されています。